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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

しかし、それは当座でしばらく何の沙汰もなかったが、初秋の訪ずれそめた万治三年八月の二十日、御府外駒場野のお鷹地へ、将軍野遊のことが表役人へ仰せだされた。

例年やる駒場野のお鳥追は、秋の末頃であるのにと、誰もが怪訝しく思って当日の様子を聞き探ると、野遊は表向きのお触れで、当日鷹地の御用狩屋で、京極丹後守の家中を代表する某剣客と松平忠房の方からすぐり出された某とが、将軍家のご前で未聞の野試合をやるのであるという噂が洩れた。

「京極家の某剣客とは誰であろう」

「イヤ、それよりも松平家にそんなすぐれた者があるだろうか」

「将軍家の出遊までうながした当日の野試合、定めし無双な剣客がお見出しに預ったのだろうが、松平家と京極家との対抗は、どうやら意味がありそうな張合いではないか」

両家のもつれを知る者は、これは只事の試合でないと、噂はいやが上に立って、在府の大名旗本の間、後には市中の町人にまで未曾有なことに喧伝された。

二

播州船坂山の隠れ家へ帰って、一月ほど前に旅装を解いた鐘巻自斎は、落ちつく間もなく、また再び旅衣を着けなければならなかった。

江戸の小野忠雄から急状が着いたのである。