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あおべかものがたり
青べか物語
山本 周五郎
「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页
盤は古道具屋から買ったものだが、ちゃんと脚がついているし、駒もいちおう黄楊材で、肉が薄く、盤へ置くときには冷たそうないい音がした。
「ゆんべはいしが先手だったっけ」と彼は安息のためいきをつきながら云った、「じゃあひとつ、今夜はおらが先手といくか」
そして、二手か三手指したとき、戸口に人のおとずれる声がした。人が訪ねて来ることなどはごく稀なので、初めは隣りの秋葉エンジの家かと思っていたが、自分の名を呼ばれたので、彼は返辞をし、いま指した七八銀の手をよく確認してから、立ちあがった。格子をあけて、狭い土間に立っていたのは、臼田屋のおさいであった。彼女はよそゆきの着物に、厚化粧をしてい、洋食部の女給たちのように、安香水を強く匂わせていた。
「あたしあやまりに来たのよ」おさいは媚びた笑いをみせながら云った、「ちょっとあがってもよくって」
彼は微笑したまま立っていた。あがれとも云わないし、あがってもいいような顔つきではなかった。おさいは片手で髪を撫でた。
「でもあたし、いそぐから」と彼女はすぐに云い直した、「今夜はここでお詫びだけ云っとくことにするわ、いいでしょ」