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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

彼の表情は変らなかった。

「ごめんなさい、あたし悪かったわ」おさいは眼を伏せた、「徳行のおふじさんのこと、嘘だったのね、あたし人から聞いて、かっとのぼせちゃったの、あのときはじかに会って、当人の口から聞いたように云ったけれど、ほんとうはゆきもしないし会いもしなかったの、もしか嘘なら、あんたが嘘だって云う証拠をみせてくれると思ったのよ」

元井エンジの眼が、ねむたそうに細められた。あのとき彼はそのことを云った、そんな覚えはない、みんな嘘だと云ったが、おさいは聞こうともしなかったのだ。そのことを思いだしたかどうか、彼は細めた眼でおさいを眺めたまま、黙って立っていた。

「あんたはなんにも云ってくれなかったわ」とおさいは続けた、「だからあたし、――あたし、どうにでもなれって思っちゃったのよ、ほんとうはあんたが悪いのよ、あんたがいけなかったのよ」とおさいは声を激しくした、「嘘なら嘘だって、はっきり云ってくれればいいじゃないの、どうして黙ってたの、どうして」

彼はまた微笑した。

「でもいいわ、みんな過ぎちゃったことだもの、それに、――」おさいは熱っぽい眼に媚をあらわして云った、「あんたはじつをみせてくれたわ、あたしが布佐へお嫁にいっちゃってからも、ずっと独りで、ほかの人をお嫁に貰わずにいてくれたわね、うれしいわ、あたしこっち