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あおべかものがたり
青べか物語
山本 周五郎
「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页
「あの十七号は」と私は訊いた、「老人がずっと乗っていた船なんですね」
「いや」と高品さんは柔和に答えた、「まだ水夫だったころに四五年乗っただけでしょう、あれはもと外輪船だったのを改装したもので、廃船になるまえは荷物専門に使われていたそうですからね」
私はちょっと失望した。高品さんの云うことが事実とすれば、その話のロマンティックな味わいはずっと減少するからである。
「それにしても」と私はまた訊いた、「どうしてあんな人けのない芦畑の中でなんぞくらしているんですかね」
「さあね」高品さんは炉べりでキセルをはたき(高品さん夫妻はどちらもキセルで刻みタバコを吸われた)新しく詰めたタバコに火をつけてから云った、「いろいろな話があるけれど、本当のところはわかりませんね、なにしろ変ってるじいさんだから」
秋の末ごろになって、私は一夜その十七号で幸山船長と語りあかした。
それまでは四五回ばかり、「青べか」を漕いでそこへゆき、船長と話したり、一度は船の上へあがってみたりした。幸山船長の一日の大部分は、十七号の清掃と機関を磨くことに費やされるようであった。船体の白いペンキはいつも塗ったばかりのようにみえたし、楕円形の船尾板にある(東・17号)という文字は、入念に描かれた青いペンキの唐草模様で囲まれていた。