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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

――蒸気の機械もつねに磨かれ、油を塗られるため、まるで新造船の機械のように光り輝いていた。甲板にある船長の席はきれいに整頓され、木工部や舵輪は飴色に拭きこまれており、機関部へ命令を伝える鐘や、それに付いている打金紐までが、新品同様に保持されている、というぐあいであった。――これらの事実は、高品さんの話と矛盾するように思われたので、念のため私はその点を訊いてみた。幸山船長は徽章とモールの付いた帽子を持った手でぼんのくぼを掻いた。

「そうさな」と幸山船長は考えぶかそうに、特徴のあるしゃがれ声で云った、「そうさ、――おらが乗ったのは十九の年の二月で、それからまる四年くらいだっけかね、まる四年とちょっとだと思うが、詳しい月日は覚えてねえだよ」

それでは高品さんの云うとおりなので、十七号船そのものに特別の執心があるわけではないのだな、と私は思った。

たぶん十月の中旬だったと思う。月のいい晩で、風はないが気温は低かった。釣舟宿「千本」の倉なあこが、ごかいを捕るところを見せるというので、私は「青べか」を漕いでいっしょに東の浜へいった。――夜の十時ころだろうか、堀が海へ出るところは浅瀬で、左右の岸が、退き始めた汐の中で二条の砂嘴をなしている。