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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

それは沖で貝を積むときや、工場へ戻って積みおろしをするときなどでよくわかっていた。

彼は死んでしまいたいと思った。

助なあこは固い決心をし、お兼のほうへは眼も向けず、貝を剥いている彼女の前を通るときには、まっすぐに向うを見たままいそぎ足で、殆んど走るように通りぬけた。彼はやがて機関士になるつもりで、仕事が終ったあとは、エンジンに関する本にしがみついて、熱心に独学を続けていた。それらの本の大部分は荒木船長に借りたものであるが、中の幾冊かは、――ディーゼル・エンジンに関する本は、自分で東京の神田へいって買ったものであった。

彼は夜の十二時まえに寝たことはなかった。他の水夫やエンジさんは、毎晩のように飲みにでかけ、帰ってくると「一厘ばな」か賽ころ博奕で夜更しをした。ごったくやの女たちを伴れこんで、わるふざけをしたり、博奕や女のことでとっ組みあいの喧嘩をしたりした。そういう騒ぎの中で、助なあこは小屋の隅のほうに机を移し、両手で耳を塞いで本を読んだり、ノートを取ったりするのであった。その十坪ほどの、細長い、箱のような小屋には、燭光の弱い裸の電球が、天床から一つぶらさがっているだけである。