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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

大蝶丸の水夫は三人で、船長の荒木さんはべつに家庭を持っていたが、エンジさんの正山さんと水夫たちは、工場の中にある小屋に住んでいた。助なあこは自分の恋を秘し隠しにし、誰にも気どられないように、最高の抑制を保ち続けていたが、或る夜半、ねごとにお兼の名を呼んだのを、隣りに寝ていた二人の水夫に聞かれて、せっかくの努力がむだになってしまった。

「ゆんべが初めてじゃねえぞ」と水夫の一人が云った、「おんだらあ何遍も聞いているだ、なあ」

「おうよ」と他の水夫が云った、「名めえをはっきり云ったなあ、ゆんべが初めてだっけ。ずっとめえから何遍も好きだあ好きだってねごとう云ってたっけだ」

「お、か、ね、さん」と先の水夫が両手で自分の肩を抱きしめ、身もだえしながら作り声で云った、「おら、おめえが、好きだ、死ぬほど好きだ、よう」

助なあこは硬ばった顔でそっぽを向き、手の甲で眼を拭いた。彼は死んでしまいたいと思った。もしできることなら、その場で二人を半殺しのめにあわせてやりたかった。しかし彼は痩せているし、背丈も五尺とちょっとしかない。他の二人はどちらも彼より肉付きがよく、はるかに力も強かった。