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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

「しだらもねえ」と岸で見ていた人たちの中から誰かが云った、「みんな逃がしちまったじゃねえかえっ、まぬけな手入れがあったもんだ」

そのとき船室の中で「きー」というするどい悲鳴が起こり、続いて、あらゆる物音が墜落的にしずまった。やかましく鳴っていたラジオのスイッチを急に切りでもしたように、物音や人声がぴたっと止り、船の上も岸の人たちもしんとなった。

「痛えよう」という泣き声が船室の中から聞えた、「おっかあ、痛えよう」

「銀公だ」と岸にいる人たちの中で船頭の一人が囁いた、「いまのは銀公の声だぞ」

みんな息をころし、期待の眼をそばめて船のほうを注視した。まもなく、三人の私服が銀公の腕を取って船室からあらわれた。

銀公は両手で頭を押え、前後を私服に挟まれて、渡り板を渡りながら、痛えよう、死んじまうよう、とかなきり声で叫び続けた。私服は三人いたのだ。その内の一人が先に岸へあがって、そこに集まっている人たちをどなりつけた。邪魔だ、どけどけ、見世物じゃあないぞ。そう云って、右手に持った一尺ばかりの棒のような物を、左右へ振った。

「十手だ」と誰かが囁いた、「見せえま、芝居で使う十手だぞ」