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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

「おっかあー」と銀公は叫んでいた、「おら死んじまうよう、痛えよう」

二人の私服に挟まれて、彼が渡り板を渡るとき、川の上へ水でもこぼすような音がぼしょぼしょと聞えた。それがなんの音だか、岸にいる者にはわからなかったが、岸へあがって来た銀公を見るなり、一人が度胆を抜かれたような声で「血だえっ」と叫んだ。なるほど、少年のシャツはどす黒く濡れているし、頭を押えている手の下から流れおちる血が、少年の顔半分を染めていた。

「こりゃあひでえ」と他の一人が云った、「ひでえことをするなあ、見せえま、あの血」

集まっていた人たちのあいだに、憤激の火が燃えあがった。それはそこにいる者ぜんぶの感情を一つに固め、一団の火となって「官権」に挑みかかった。

「銀、おめえなにをしただ」と船頭の一人が呼びかけた、「いってえなにをしてこんなひでえめにあっただ、えっ」

「おらなんにもしねえ」と銀公はかなきり声で叫んだ、「おらただ番をしてただけだ、おらなんにもしねえ、おら抵抗もしなかっただ」

「そうだ」と誰かが喚いた、「おんだらもここで見ていた、銀公は抵抗しなかった、ここにいるみんなが証人だぞ」