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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

だが平二郎は止めにゆくことをよした。止めにゆくと却って増さんは逆上し、おれに赤恥をかかせたと云って、もっとひどくきみのに暴力をふるうからである。――きみのは躯にいつも痣の絶えまがないため、銭湯にゆくことができず、冬でも狭い勝手で行水を使っていた、ということであった。

そのころからまた、増さんの出奔癖もぶり返した。なにも云わずにひょいといなくなったまま、ときには半年、ときには二年くらいも帰っても来ず、手紙もよこさないのである。帰って来るのもまったく突然であった。まるで朝でかけた者が夕方に帰って来た、といったようすで、家へはいるなり、(きみのがいれば)「めし」とか、「酒」とか云う。きみのが工場に出ているときだと、山崎屋という酒屋で立ち飲みをしていて、きみのに、「銭を持って来い」と使いを出すというぐあいであった。

夫婦には子供がなかった。増さんが道楽のあげく悪い病気にかかって、そのため子が生れないのだといわれたが、きみの自身はそれだけがせめてもの儲けものだと、平二郎のかみさんに云っていたそうである。

こういう生活が二十年以上も続いた。そうして増さんが四十五歳の年、――というのは平二郎と同年だからはっきり覚えているのだそうだが、――一年ばかり出奔していた増さんが、帰って来るといきなり、きみのを殴ったり蹴ったり