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あおべかものがたり
青べか物語
山本 周五郎
「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页
かつて大旦那は増さんのことを「命の恩人」と云った。増さんが「大きなしくじり」と云ったのはそのときのことをさすらしい。二つの言葉はまるで反対だし、実際になにがあったかはわからずじまいだったが、若旦那もしいて供をさせようとはしなかった。
相変らず酒は飲むけれども、増さんは決して酒乱にはならなかったし、喧嘩などもしなかった。大蝶の工場で雑役のようなことをやっているうちに、大蝶の若旦那の口ききで、漁業組合へ勤めるようになった。――もちろん妻に乱暴するなどということはない。きみのは完全な跛になったため、水汲みや薪作り、買物などは増さんが引受けた。そればかりか、まえに記したように、銭湯へ背負ってゆくようにさえなった。
「人間があんなに変れるものかどうか、おらもう自分がばかにでもなったようにたまげけえったもんだ」と平二郎は云った、「――それでな、或るときおら増さんに訊いてみただよ、おめえもずいぶん変ったもんだ、まるで増さんじゃねえみてえだぜってよ」
「すると増さんはえへら笑いをして、こう云っただよ」平二郎は続けた、「――東の養魚場の旦那んとこで鶏を五十羽も飼ったことがあった、そのとき旦那が牝鶏に家鴨の卵を抱かしてみた、その卵がけえって、ほかのひよこといっしょに育ったが、家鴨の子は家鴨だべえさ、ちょっと育つと養魚場の池の中