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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

と栄子は云った。排気音のことをさすらしい、私はあぶなく笑いそうになり、酒にむせたようなふりをしてごまかした。

岸がんは金使いが上手だった。来るとまずしょうばいを片づけ、堀東のおでん屋で酒を飲み、そこから栄子を呼ぶ。「松の家」は堀南だが、歩いて五分とはかからない。ごったくやの習慣として、よその店から女を呼ぶと一時間なにがしかの玉代を取られるが、女にとっては一種の誇りになる。つまり、玉代を払っても早く逢いたいほど深い仲だ、と思われるのだそうで、岸がんはそういう女の気持をよく知っていた、ということであった。

半年あまり経った或る夜、岸がんはじかに「松の家」へあらわれた。あのガスをひるすてきな音も聞えなかったし、着物姿で、素足に古びた雪駄をはいていた。訊いてみるとオートバイではなくバスで来たのだそうで、五日もはらくだしをしたあとのようにげっそりとしていた。そして二人っきりになり、一本の酒も飲み終らないうちに、「おれといっしょに死んでくれ」と云いだした。

「初めに岸がんの顔を見たとき、あたいははあんて思ったわ、そして死んでくれって云われてまたははあんって思ったのよ」