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あおべかものがたり
青べか物語
山本 周五郎
「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页
ある。岸がんはさすが男のことで、こんな話をすればするほどみれんな気持が起こる、このへんできまりをつけようと主張し、持って来た催眠薬を出した。そこで栄子も諦め、拵えておいた薬をハンド・バッグの中から取り出した。そのときになってふと、見せろと云われはしないかと心配した。なにしろ男は薬品の外交をやっていたのだから、見られたらばれるに違いないからである。しかし岸がんはなにも云わず、湯呑に水を注いで自分から先にのんだ。栄子も「負けてはいられない」と、同じ湯呑に水を注いで薬をのんだ。
「それから寝床へ横になって抱きあって、またさんざん泣いたわ」と栄子は云った、「あとは話さなくってもわかるでしょ、心中する人間は死ぬまえに一生分もたのしむって、あれはほんとよ、あたいこむら返りを起こしちゃったわ、先生ったら、飲ましてよ」
いつか眠ってしまったらしい。変な声で眼をさますと、岸がんが苦しんでいた。大の字なりにのびたまま、しきりにげっぷうをしていた。栄子ははっきり眼がさめ、すると恐ろしさと苦しさとではね起きた。
「あたし心中したんだと気がついたら、胸の奥のところが焼けるように苦しいの、岸がんはのびたままげっぷうをしているでしょ、大変だと思ったらあとは夢中で、はだしのまま駐在所へ駆け込んじゃったわ」