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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

若い水夫は怒った、――まるっきりてめえの嬶をぬすまれてるようなこころもち、だったそうである。彼は雨戸の隙間へ耳を当てて、太神楽のもようをつぶさに聞いた。船が徳行から戻って来るまでは一時間かかるし、それまでは時間のつぶしようもなかったからだ。

その先客が新川堀の畳屋の職人であり、女とどんな深い関係であるか、という仔細のことがそのとき初めてわかったのである。若い水夫の報告によって、そのことはすぐ蒸気乗りなかまにひろまり、事実であることが確認され、にわかに留さんに同情が集まった。それまで誰よりも多く篠咲で下船した二十九号の平助などは、「世の中にはふてえ野郎がいるもんだ」と憤激したそうである。――もちろん、これらの情報は留さんの耳にも伝わったであろう。伝わらないという理屈は絶対に成立しないと思うが、当人はぜんぜん知らない顔をしていた。いちど高品家の炉端で、誰かがそのことを当人に向ってあてこすった。高品夫人はその男を睨みつけ「およしなさい」ときびしくたしなめたが、留さんは少しも気にするようすはなかった。

「人は好きなこと云うだよ」留さんはまっ黒な顔をくしゃくしゃにし、てれくさそうに笑いながら、まるでお世辞でも云われたように羞んだ、「――あいつも口の軽いのが悪い癖だから、ばかなことばかし云って人に誤解されるだ、なにしろ