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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

「白い人たち」の章に出てくる工場で、建物は昔のままらしく、羽目板もずれてい、柱も曲り、ぜんたいがうしろへのめりそうに歪んで、そうしてすべてが灰白色の粉塵にまみれていた。

「工場主の代が替っただよ」私の問いに対して長が答えた、「いまじゃみんな帽子をかぶってマスクを掛けて働いてるだ、頭の毛やなんぞも生やかしたままだし、もう女で裸になる者なんぞいやしねえだよ」

「堀からこっちには」私は二人の同伴者に云った、「この工場と、事務所と、工員たちの長屋だけしかなかった、あとはずっと百万坪に続いていたんだがね」

「そうだ、あれがいかずちの船大工の工場だっただ」と長が私の問いに答えて、根戸川の対岸を指さした、「あれが工場の跡だよ、もうつぶれちまっただがねえっ」

語尾の「ねえっ」という尻あがりのアクセントに、私の記憶が呼びさまされた。それは紛れもなく、少年「長」のアクセントであった。少ししゃがれた、まっすぐな言葉つき。すぐむきになり、むきになったことをそのままあらわす独特なアクセントであった。――私はその感動を抑えながら、いかずちの船大工の跡を眺めやった。「青べか」を修繕してくれた工場であり、修繕した青べかを早く引取ってくれと催促した工場なのだ。