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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

たぶん鰺だろうとにらんだが、鰺ならもうしゅんを過ぎているし、フライにしてからだいぶ時間も経つらしい。私が箸を取らないのを見て、二人の同伴者も箸を取らなかったし、鉄さんもとりたててすすめるようすはなかった。また、二人の同伴者は、喰べたり、飲んだりするよりも、自分たちの読んだ「青べか」の世界が、そんなになまなましく、眼の前に展開することのほうに、ずっと興味を唆られているようであった。

やがて長が来た。鉢巻のタオルが新しいのに替り、ズボンも新しいのに替えてあった。彼は「車をそこへ来さしてあんよ」と云って坐り、私の注いだビールをぎこちない手つきで啜った。酒のほうがいいかと訊くと、ビールで結構だと答えた。自分でもちょっと納得がいかないのだが、鉄なあこは「鉄さん」と呼びかけられるのに、長にはどうにも敬称が付けられない、つい「長」と呼びかけてしまうし、長のほうでも極めて自然にそれを受け止めてくれる、というあんばいであった。

「かんぷりっていう子はどうしているかね」

「かんぷり」長は首を捻った。

「ほら」と私は云った、「痩せっぽちで頭の鉢がひらいていて、泣き虫の子がいたじゃないか、慥か長と同級生だったと思うがね」