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あおべかものがたり
青べか物語
山本 周五郎
「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页
だろう。むしろ、妻子などはなかったと考えるほうが、彼のためには仕合せだったと、私は心の中で呟いた。
「旦那の話を聞いていると昔を思いだすだよ」と鉄さんは云った、「いまじゃあそんな言葉は使う者もいねえし、いろんなうちがつぶれたりな、おらのちゃんも死んだし、大勢死んだ者があるしよ、浦粕もすっかり変っちまっただよ」
「長か、長は四十二になるだ」と鉄さんは私の問いに答えた、「まる年で四十一か、七年も兵隊に取られたでねえ」
私がおおかんけ(大勧化)のことを云うと、鉄さんは思いだし笑いをした。
「そうだ」と鉄さんは云った、「おーかんけ おーかんけ おいなりさんの おーかんけ おぞーにと おあげ おあげの段からおっこって あーかい***ーすりむいた」うんぬんと云ったあと、寄進をした家には、「しょーばい はんじょ」と囃し、寄進しない家があると「くれねーと おいなりさんがなくよ ひっくりけっちゃめっかっこ もっくりけっちゃべっかっこ……って云っただよ」
私は頷いたが、それは鉄なあこの時代で、長の時代には「くれねーと、――」以下の囃はしなかった、ということを思い出した。――このあいだに、店の女の子が大皿へフライを盛りあげたのを持って来た。