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けんなんじょなん

剣難女難

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1925(大正14)年1月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 243,807 字 · 482 页

青空文庫

「これ、大助」

と立ち淀んだ。

「へい」

「昼のうち承ったお長屋の方角とは、どうやら少し方角が違いはせぬか」

「ははははは、少しどころか、ここはまるっきりの見当違い」

「して此方を、それと知りつつ、一体何処へ案内する気じゃ」

「おお、八大地獄へ導いてつかわすのだ!」

「な、なんだとッ」

「珍らしや大月玄蕃、柳原土手では取逃がしたが、今宵こそ遁れぬところ、悪運尽きた百年目と観念して、その昔の腰抜け侍春日新九郎に討たれてしまえ」

地声を現した新九郎は、大音声と共に竹の子笠を刎ね捨てて、来国俊の鯉口を前落しに引っ掴み、ジリジリと玄蕃の前に詰め寄った。

「ややッ――さては」

と、驚愕の余りに、足駄を踏み辷らしてよろよろとなった大月玄蕃は、さすがにさっと血の気をなくして動顛したが、咄嗟に裃の前をばらりッと刎ねて、

「ウーム、さてはおのれは新九郎であったか、姿を変えてこの邸内に入り込み、此方の不意を狙うとは卑怯至極」

「いいや卑怯とは汝のこと、今宵弁慶堀で仇討の作法を踏むと誓言を立てておきながら、約束の場所にも臨まず、京極家の廂に隠れて生き永らえようとする卑怯者。兄と千浪に代ってこの新九郎がその首貰いに来たのだ。