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とうおういぶん
東奥異聞
佐々木 喜善
「東奥異聞」閑話叢書、坂本書店、1926(大正15)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 63,862 字 · 124 页
婆さんは驚いて腰を抜かした。近づいた怪物は大きな息をして、なにかどえらい声を出したが婆さんは逃げる気力がなかった。これは汽車であった。機関士はしきりに非常汽笛を鳴らしたが婆さんは動かぬので進行を止め、おりていって婆さんを線路から引っ張り出した。その後、婆さんは幾度も汽車を見慣れたが、先頭の機関車だけはどうしても生き物だと主張していた。話変わって、雨のそぼ降る六月の朧月夜であった。潮沢山中の白坂トンネル付近に進んだ列車の機関士が、前方からくる一列車を認めた。非常汽笛を鳴らすと同じく向こうでも鳴らした。止まると向こうも止まった。鏡に映すようにこちらの真似をする。機関士は思いきってまっしぐらに進行を始めた。衝突と思う刹那に怪しい列車は影を消した。その後も二、三度あった。いつも月の朧な夜であったが、やがて線路に一頭の古ギツネが轢死した後はその事も絶えた。付近にいまでもそのキツネの祠があるとか、怪しい列車はキツネの化けたものとして土地の人は信じている。月朧の山間には、機関士の錯覚を誘う樹木石角の陰影もあろうが、鉄道開設時代の獣類に関するこれに似た話は各地にもある。