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あおべかものがたり
青べか物語
山本 周五郎
「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页
が欲しいような場合には、納入する責任量を超過した分だけ、立売りすることが黙認されていた。そして、他の土地から魚釣りに来て、不漁をかこちながら帰る客や、単純な遊覧帰りの客たちがあると、それはかなりうまい儲けになるのであった。――私は通りかかって、蛤を売っているのをみつけた。大きな、粒の揃ったみごとな蛤で、バターいためにしたらさぞ美味かろうと思い、近よっていって、それを〇五だけ売ってもらいたいと云った。私はもう一年ちかくも住んでおり、かれらともおよそ顔見知り程度になっていたので、心の片隅ではひとかどの土地者であるような誇りを持っていた。そのうえ私のまえに、どこかのかみさんがやはり〇五だけ買ったところ、一斗桝くらいの桶一杯分を渡したのを見ていたから、もし私にもそんなに呉れるようなら、三分の一程度だけ受取ることにしよう、などと、おうようなことさえ考えていたのであるが、それらの予想や期待はあっさりとくつがえされてしまった。
「蒸気河岸の先生だね」とその中年の漁師は私を見あげた眼をすぼめた、「――この蛤を欲しいだかえ」
彼は自分の眼にあらわれる狡猾さと、顔つきが貪欲になるのをごまかすために、自分がいかにも無力な、悲しい男であるかのような表情を作った。