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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

「あの人形が可笑しいかね」と船長は私の視線を追って問いかけた、「可笑しかんべえさ、こんなとしよりの持つもんじゃねえだからな、いつだかも伜が孫をつれて来たとき、――孫は女の子で五つだっけだが、その孫が欲しがって泣き喚いただ、伜も呉れろってせがんだだよ、だがおらあ断わっただ、なげえあいだ側に置きつけたでね、いまでも手放す気にゃあならねえだよ」

私は船を大切にする船長の、船乗り気質についてなにか云ったように覚えている。

「さっき倉なあこが先生って呼んでたっけだな」と幸山船長は笑った、「なんの先生かおら知らねえし、そう思ってくれるのは有難えだがね、これはそんなむずかしい理屈でやっているわけじゃねえだよ、ただ悪いがきどもが来ちゃ船をよごすだ、黒いペンキをなすくったり泥を塗りつけたりよ、ちかごろのがきどもときたら手に負えねえ、わけもなんもねえに、きれえな物さえ見るとめのかたきにして、ぶっ毀したりよごしたりしてよろこんでるだ、――しょうがねえ、叱りようもねえだからね、そのたんびにおら塗り直しているだよ、おらのほかにこいつをきれいにしといてやる者はねえだからね」

それから暫くのあいだ、いまは記憶していない話が続き、どんなふうにしてか、やがて幸山船長はむかしの恋物語をはじめ、私はできるだけ無関心をよそおって聞いた。