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あおべかものがたり
青べか物語
山本 周五郎
「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页
私は倉なあこに声をかけておいて、船長のべか舟のあとから「青べか」を漕いでいった。伸びるだけ伸び、茂るだけ茂った芦のあいだの水路は、月の光の蔭になって昏く、どこを曲るのか順路がわからなかった。しかし幸山船長にとってはぞうさもないことだったのだろう、私のまだ知らないような、幾曲りかの細い水路をぬけて、驚くほど短時間に、十七号船へゆき着いた。
三十分ほど経ってから、私たちは長四帖ほどの狭い船室で、窮屈に坐って茶を飲んでいた。それはどの船にもある設備で、腰掛ける客のほか、坐る客のために設けられているのだが、その十七号はもと外輪船だったからであろう、他の通船のそれより幾らか広いように感じられた。――左右は硝子を嵌めた窓、うしろは機関部と仕切られた板壁、前方は腰掛のある広い船室であるが、そこには障子が取り付けられているし、床には畳が四帖敷いてあった。板壁には棚が作りつけられ、小さい仏壇と、六七冊の本が並んでい、本の片方を硝子張りの人形箱がブックエンドのように押えていた。――炊事は腰掛のある船室のほうでするらしいが、こちらにも小さな火鉢があり、その脇に茶箪笥や、たたんだ卓袱台や、炭取、柳行李、駒箱をのせた将棋盤、そのほかこまごました道具類が、いかにもきれい好きな老人の独りぐらしらしく、きちんと整理されてあった。