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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

過ぎることはなかった。――こうして新堀川の小さな雑貨屋は、見ているうちに産をなした。新たに家を建てたり、刈った芦の倉や、海苔簾を編む工場を作ったりし、「大叶屋」という看板を掲げて、ひとかど旦那と呼ばれるようになった。

「大叶屋、――」と云って、幸山船長は喉で笑った、「子供たちはおっかねーや、ってはやしたてたもんだ、おっかねーや」

娘は二十一歳で嫁にいった。

根戸川に沿った永島というところの、かなりな資産家だったそうで、その結婚が迫った或る日、娘は幸山船長としめし合せ、東の浜の松並木でひそかに逢った。娘は持って来た人形箱を渡し、躯は嫁にゆくが自分の心はこの人形にこめてある、どうかこれを私だと思って持っていてくれ。そう云って泣いた。――こういう話は文字に書くと、あまりにありふれていておかしくもないが、幸山船長からじかに聞いていた私は、その「ありふれ」ている単純さのため、却って深く感動したことを覚えている。――娘はなお、どうせ嫁にいくのだから、このからだをあなたの好きなようにしてくれと云って、やけのような態度で幾たびも迫った。船長もいっそのことそうしようかと思ったが、まだ女に触れたことがないため、どういう手順が必要なのかはっきりわからず、娘が積極的になればなるほどおじけづいて、ついなにごともなく別れてしまった。