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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

の店先から出ていった。そのあとから十五六人の人たちが、この場面の幕がどんなふうにおろされるかという好奇心のため、多少はお祭り気分のように浮き浮きと、勝手なことを高ごえに話しあいながらついてゆき、やがて堀のほうへと曲って、見えなくなった。――蒸気河岸はまた静かになり、月の光が明るく、根戸川の水面や、対岸の家並みや、もやってある舟などの上にふりそそいでいた。

「あのおまわりは成績をあげたかっただよ」と和助が薬箱や包帯やガーゼなどを片づけながら云った、「根戸川亭(洋食屋ではなく堀東にある寄席)のおはまあねに惚れて、うまくすれば婿におさまるつもりさね」

「その縁談はきまったんじゃねえか」と倉なあこが暢びりと云った、「おらもうきまったように聞いただがね」

「そうかもしれねえが、今度のしくじりで危なくなっただな」と和助が云った、「――あんまり稼ごうと思ってあせっただ、成績をあげようと思ってよ、可哀そうに、ああいうのを昔のことわざでぼうせき(望蜀?)の欲っていうだ」

「銀の野郎もまた」と云って倉なあこはくすっと笑った、「いい気になりゃがってさ」

倉なあこは縁台から立ちあがって、大きな欠伸をし、和助といっしょに店の中へはいっていった。