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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

いま考えるとずいぶんとしより臭いまねをしたものだと思うが、天鉄の人たちとはすっかり親しくなり、ときによるとお花という娘が、「今日はいいたねがはいったから」と、てんぷらを揚げて届けに来たりした。

店は昔ふうで、土間に卓子が二脚ほどあり、鉤の手に畳を敷いた座敷があった。もちろん土間に面したほうは障子もなにもなく、客があれば薄い座蒲団を敷くだけ。膳は四角で、足のない平膳であった。

増さんは年のころ五十くらいで、背丈が低く、ひどいがに股で、頬や顎のまわりに、いつも太い銀色の無精髭を、ブラッシのように伸ばしていた。てっぺんの禿げた頭のまわりも、短くて太い、ブラッシのような疎毛で蔽われていて、太陽の下ではその一本ずつがきらきらと光った。――増さんは酒持参で天鉄へ来た。じつは酒ではなく焼酎なので、一合のそれを天鉄で二合に割ったうえ燗をしてもらうのだが、誂えるてんぷらも変っていた。くるま蝦にしてもあなごにしても、鯊、きす、めごちにしても、自分は頭とか中骨とか尻尾などを、べつに揚げさせて、それを肴に焼酎を啜る。身のところを揚げたのは包んでもらって、家へ持って帰る、というのがいつもの例であった。