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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

ここでちょっと記しておくが、数年まえ、或る出版記念会のあとで、林房雄がこの「くるま蝦の頭だけ」のてんぷらを食わせてくれたことがあった。彼が自分で思いつき、銀座裏の某てんぷら屋に命じて作らせたのだそうで、それは豊富なカルシウムを含む極めて美味な食品であると、自分の着眼の独創的な点を大いに誇っていた。

――これを世間では捨てているんだ、と林房雄は繰返し強調した。こういうすばらしい物をさ、と林房雄は自分では箸を出さずに云い張った。みんな捨てているんだ、世間ではみんな捨てちまうんだぞ、さあ喰べてくれ。

私は一つだけやってみたが、どれほどそれがカルシウムに富んでいるにせよ、とうていのみこめる代物ではないと知り、すばやくナフキンに吐き出して卓子の下へ捨て、「世間の人たちがみんな捨ててしまう」のは当然の理であり、林房雄は逆説を弄しているのに相違ないと思った。

右のように、林房雄は自分の独創性を誇っていたが、それより二十数年以前、すでに増さんという先覚者のあったことを私は知っているのである。私は吐き出したが、増さんはうまそうに、頭だの骨だの尻尾だの、一つ一つ丹念に噛み味わいながら、私以上にゆっくりと時間をかけて、燗をした水割り焼酎を啜るのであった。