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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

この種の漉き小屋は、入口の三尺の引戸に南京錠が掛けてある。しかしその多くはぐらぐらで、鍵の必要はなく、ちょっと引張れば錠前ごと抜けてしまい、出てゆくときには元のように挿し込んでおけばいいのであった。

「あんた、まだふるえているの」小屋の中からお兼の声が聞えた、「さあ、そんなにしてちゃ窮屈じゃないの、この手をこうしなってば」

ついで彼女の含み笑いが聞えた。

「助さん」とあまえた鼻声でお兼が云った、「あんた幾つ、――そう、十九なの、若いのね、うれしい」

お兼はそのとき三十五歳であった。亭主のしっつぁんは呑んだくれの怠け者で、ときたま思いだしたように、なにかの雇われ仕事にでかけるが、「まる一日働いたことがねえ」といわれていた。博奕を打つでもなく、女にちょっかいを出すわけでもない。ただ酒を飲んで寝ころがるか、ぶらぶら歩きまわってむだ話をするだけである。云うまでもないだろうが、家計は稼ぎ手のお兼がにぎっていて、しっつぁんは与えられる小遣いでやっているのだが、そんなものが長くある筈はなく、彼はもっぱら奢ってくれそうな相手を求めてぶらつき、またしばしばお兼の男のところへいってねだった。