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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

お兼はもうそこにいて、暗い小屋の前から彼を呼んだ。助なあこは膝ががくがくするので、転ばないように用心しながらそっちへいった。

「待たせるのね、あんた」お兼はじれったそうに云った、「女を待たせるなんて罪よ、にくらしい」

お兼は衝動的に助なあこの手を握った。彼は狼狽して、ぶきようにしりごみをし、握られた手を放そうとしながら、云った、「なにか話すことがあるって」

その声は喉でかすれ、言葉ははっきりしなかった。お兼は含み笑いをしながら、握った手をもっと引きよせた。土堤のときよりも強く、白粉と女の匂いが彼を包み、彼は眼がくらみそうになった。

「そうよ、大事な話があるの」とお兼は囁いた、「中でゆっくり聞いてもらうわ、ね、ここへはいりましょう」

「おら、――」と云って彼は足を踏ん張った。

「世話をやかせないで」

「それでも、おら」と彼は口ごもった。

「いいから」とお兼は荒い息をしながら、おどろくほどの力で彼を引きよせた、「なにもおっかないことするわけじゃないじゃないの、たまには男らしくするもんよ」

助なあこの歯ががちがちと鳴った。

お兼は彼を小屋の中へ伴れこみ、入口の戸を閉めた。