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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

「まにあっただかい」

「軍医はまにあうまいと云った、おらあ当番だったが、おらもこのようすじゃあまにあうめえと思っただ」と春さんが云った、「それがなんのおめえ、おふくろと妹が着くまっでちゃんと持ちこてえたし、それからも持ちこてえ続けただ」

「すると、治っただな」

「重態のまんまさ」と春さんは云った、「もうだめか、いま死ぬかっていう危篤状態でいて、それがいっかな死なねえだ」

「肝煎っちゃうな」

「それどころの沙汰じゃねえさ、軍医は投げちまって寄りつきもしねえ、ほかにも患者は大勢あるってえのに、おらあ島田初年兵からはなれることができねえ」春さんは白い歯を見せ、肩をすくめて当惑の気持を示した、「――なぜかってえば、島田はいまにも死にそうな重態が続いているから、ときどき強心剤の注射をしなけりゃあなんねえし、息を引取るときに隊の者が付いていなかったとなれば、軍の責任問題になる勘定だべえさ、なせ」

「そうだな」三人の中では年嵩らしい、二十八九になる運転手が、考えこんだような口ぶりで云った、「軍縮からこっち、赤の野郎がいばりけえってのさばってるし、軍としても、国民感情にゃあ気を病まねえばなんねえだからな、おらあ軍縮にゃあてんから反対なんだ、仮にもおめえ国家てえものがあるのによ」