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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

助なあこはお兼の手をふり放した。

「そうじゃねえ、そうじゃねえ」彼はふるえながら云った、「男と女の仲は蜜柑の木を育てるようなもんだ、二人でいっしん同躰になって育てるから蜜柑が生るんだ、お兼さんのようにあっちの男と寝たりこっちの男と寝たりすれば、せっかくの木になすびが生ったりかぼちゃが生ったり、さつまいもが生ったりするようになっちまう、おらそんなこたあいやだ」

「ばかなこと云わないで」そう云ってからお兼は急に怒りだした、「えらそうなこと云うんじゃねえよ、おめえだっておらのこと、おらの亭主から横どりしてるんじゃねえか、なにがなすびだえ、かぼちゃがどうしたってのさ、ふざけちゃいけないよ」

そして****とひどい悪態をついた。

美しく純粋な、黄金の光を放つものが毀れた。助なあこは自分を反省し、また独学に熱中し始めた。いちどならず「死んでしまおう」と思い、どこか遠い土地へいってしまおうと決心した。北海道かどこかの広い広い、はだら雪の人けもない曠野を、頭を垂れ、うちひしがれた心をいだいた自分が、独りとぼとぼと歩いてゆく。こう想像するたびに、彼は一種の快感にさえ浸されるのであったが、現実にそうする勇気は起こらなかった。