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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

「ふん」と倉なあこが云った、「二歳の鯊がこんなとこまでのぼって来るんだな」

彼の声には皮肉やからかいの調子はなかった。むしろ控えめな親しみの情さえ感じられたが、それは却って私を圧迫し、窮屈な気分にさせた。倉なあこは専門家である。釣りの穴場を知っている点では、浦粕じゅうでも指折りの船頭といわれ、どんな場合にも、黒鯛を釣りたいという客を鯊の寄り場へ案内する、などということはしなかった。そのために、吝嗇な客ほど彼をひいきにする、といわれていた。この、客と船頭との微妙な因果関係については、こういう例がある。――釣舟宿では客を送り出すとき、飯と佃煮と香の物を持ってゆかせる。通常の客は沖で釣った魚を料理させ、それと香の物くらいでめしを喰べるから、船頭は佃煮で自分の食事ができる。ところが吝嗇な客になると、釣った魚は持って帰り、佃煮と香の物でめしを詰め込んでしまう。しかたがない、船頭は塩のきいた海水をぶっかけて、ざくざく流し込むということになる。しかも吝嗇な客ほど釣果にも執着が強いから、腕のいい船頭をもっぱら覘う、という迷惑な関係が生れるのだそうであった。――そういう良心的な専門家の評を聞いて、圧迫を少しも感じない者があるだろうか。