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あおべかものがたり
青べか物語
山本 周五郎
「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页
私は川口から約四キロも上流のそんなところで、大きな二歳の鯊を釣ったことが、なにか常識外れなあやまちを犯したように思えて、恥ずかしくなった。
「先生は青べかを買っただって」暫くして倉なあこが訊いた。
私が答えると、倉なあこは跼んで、草の穂をり、その細い茎を噛んだ。
「まずかったな」倉なあこは云った、「あのぶっくれ舟を馴らすにゃあ肝煎るだよ」
私は答えなかった。
ちょっとまえから、洗い場で一人の男が水を汲んでいた。土堤に踏段があって、根戸川から水を汲んだり、洗い物をしたりする足場が設けてある。その男はきれいな手桶を二つ、天秤棒で担いでやって来た。天秤棒は細手の、飴色に磨きこんだ、特別製のようであり、手桶は杉の柾目で、銅の箍がかかっていた。どうしてそんなこまかいことに気がついたかというと、男のみなりや動作が変っていたからである。
その男の年は十六七ともみえ、三十過ぎともみえた。痩せて、小柄で、背丈は五尺そこそこだろうか。紬縞らしいさっぱりした着物に、角帯をしめ、秩父物の焦茶色に荒い縞のはいった、袖なしの半纏をひっかけていた。そして足袋に雪駄ばきという、およそ水汲みなどとは縁の遠い、どこかの若隠居が散歩にでも出た、といったような姿であって、そのうえ、水の汲みかたが信じがたいほど用心ぶかいのである。