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あおべかものがたり
青べか物語
山本 周五郎
「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页
むろん大口ばかりで、会社の食堂とか宴会などの注文が多く、数の少ない注文はみな断わっているそうであった。私は蒸気河岸にいた当時のことや、長をはじめ知っていた人たちの話をした。
「大蝶はつぶれただよ」と鉄さんはビールを啜りながら云った、「四丁目(洋食屋)は旅館に転業してえらく儲けただ、うん、留さんも死んじまったし秋屋船長も死んだだ」
「大蝶がねえ」私はなにかしら遠いこだまを聞くように思った、「あんなに盛大にやっていて、浦粕一の缶詰工場だったのにな」
実際は「大蝶」などどっちでもよかった。その工場にかかわりのある幾つかの出来事や、そこで働いていた人たちのことが思いだされるくらいで、それよりも留さんの死のほうが強く私の心を打った。高品家の炉端で、みんなにからかわれながら、怒りもせずに笑っていた彼、三十六号船の舳先に立って、「おも舵いっぱい」とか「スロー、スロー」などと、ブル船長に叫んでいた彼、また根戸川亭で自分の女に毒づかれ、こき使われ、客たちの前でばか踊りまで踊らされた彼。――あの性質ではおそらく、幸福な生活には恵まれなかったであろう。死ぬときにも妻子がいたかどうか、仮にいたとしてもたぶん彼にとって慰めや安息とはならず、それまでの女たちがそうであったように、彼を罵りこき使い、倒れるまでがっちりと彼を緊めあげたこと