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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

私はむやみに怒ったり、ふくれっ面をするようなことはない。仮に感情の激昂を抑えることができないような場合には、どなる代りに丁寧な言葉を使い、喚く代りにあいそ笑いをするようにつとめる。むろん青べかに対してもそういう態度でのぞんだ。私は彼女がどんなに侮蔑され迫害されたかを思い、自分だけは憐れみと愛情とで、彼女を劬らなければならないと思った。

或る日、私が根戸川の中流で、棹を振りまわし気ちがいのように櫂を使いながら、青べかの頑強な自意識とたたかっていて、ふと気がつくと、蒸気河岸に大勢の人が集まって、こっちを指さしながら、げらげら笑っているのに気づいた。学校のある時間だから、悪童どもはみえなかったが、十四五人の老若男女と、私を「蒸気河岸の先生」と知っているちびどもが、こっちを指さしたり、腹を押えたりしながら、有頂天になって笑っていた。

或る風の強い日に、――私は根戸川の中流で苦闘していた。干潮だったと思うが、青べかは私を乗せたまま、棹や櫂にはいっこう頓着せず、強い風と流れに身を託して、ぐんぐん下流へとくだっていた。このままでは海へ持ってゆかれてしまう、私はけんめいに櫂を使い、どうかして彼女を岸のほうへ向けようと、汗だくになって奮闘していた。