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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

そのうちに、堤のほうから叫び声が聞え、見ると、「千本」の長が走りながらどなっていた。

「岸へ着けろま」と走りながら長は私に呼びかけた、「岸い着けるだよ先生、そんなことしていると海いいっちまうだぞ」

私もそうしたいのだ。そうするために汗みずくになっているのだが、青べかは頑としてきかないのである。

――この、このろくでなしの……。

そう云いかけて私は口をつぐんだ。

子供たちのほうが正しかったのだ、このぶっくれ舟は手ごちに負えないあばずれの、まぬけで能なしで、恥知らずな物躰だったのだ。まさに「青べか」だったのだ、と私は思ったが、それでもまだ、そういう気持を彼女にぶちまけるのは控えることにした。

「はあ――流されてるだ」と堤の上を走りながら長が叫んでいた、「先生のばかやつら、いいきびだ、流されてるだ、ええばかやつら」

私は鼻の奥が熱くなるのを感じた。

「いいきびだ、わあい」堤の上を、こちらの舟といっしょに、走りながら、泣き声で長が叫んでいた、「先生のばかやつら、ええ流されてるだ、海まで流されるだ、ばかやつら、いいきびだ、わあい」

それは小学三年生の愛情の表現だった、などと私は云いたくはない。