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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

に住み、東湾汽船の発着所を経営していた。これは船躰を白く塗ったほうの通船で、高品家は主要な出資者であった。――柾三氏はW大学出身で、東京日本橋の中・商という商業新聞社へ通勤してい、発着所の方はきん夫人と、女中のおりきさんでやっているのだが、夜になると通船の船員や、若い漁師たちがよく集まって来た。

その家は小さかったが、広い切炉にはいつも火があり、きん夫人は浅草生れの浅草育ちで、気性はさっぱりしているし、人に差別をつけず、世話好きで物惜しみをしない。柾三氏もおっとりとした大人の風格があり、子供がないためだろうか、人の集まるのをよろこび、しばしば酒を出してもてなした。私が柾三氏の好意で、中・商紙に童話を書き、稿料を貰っていたことはまえに記したとおりである。

その夜、私の話を聞くと、炉端にいた船員たちの中で、秋葉エンジが顔をあげた。

「兵曹長だな」と秋葉エンジナーは云った、「病院からまた帰っただな」

私が訊くと柾三氏が答えた。

「気違いではないらしいが、頭がおかしいんですよ、細君と四人の子供に死なれましてね、それから頭がおかしくなったんでしょう、町役場の兵事係へ日参して、恩給と年金をくれと云いだしたんですよ」