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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

のうちの一日だったろうと思う。私はうだりきって疲れて空腹で、そうして傾いた西陽に灼かれながら歩いていた。

土堤の右側の下には、例の「ごったくや」といわれる小料理屋が並んでいて、そこを出外れると空地になり、いぶせき独立家屋であるわが家が見える。そこまで来たとき、私に呼びかける女の声が聞えた。

「蒸気河岸の先生よう」とその声は云った、「なにょうそんなにすましてるだえ」

私は声のほうへ振り向いた。

声は土堤の左側の下、つまり根戸川のほうから聞えて来たもので、そちらを見ると、川の中に三人の女がいて私に笑いかけた。それはごったくやの女たちで、三人とも全然まるはだかであった。私の眼の焦点は自動的に拡大し、対象物とのあいだに一種の保護膜を張ったのであるが、それでもなお彼女たちの逞しい肉躰、特に第二次性徴と呼ばれる部分のよく発達した、魅惑的な、というよりもむしろ涜神的なまるみやふくらみが、私の視覚をとらえて放さなかった。

――ここで眼はそらしてはいけない。

私はそのことをよく知っていた。眼をそらすことは、みつめること以上にすけべえなのだ。かつてよそから来た客が通りかかって同じようなけしきを見、仰天して脇へ向いたとき、彼女たちが歓声をあげて嘲弄するのを、見たことがあった。