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あおべかものがたり
青べか物語
山本 周五郎
「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页
事務所には工場主と、幾人かの事務員が詰めている。かれらが出勤すると、正面の扉は開かれるが、夏でも窓は閉めたままだし、かれらが帰ると扉はまたぴたりと閉められてしまう。――そうしなければ、いや、そうしていてさえも、焼かれた貝殻の微粒粉は、どこからともなく舞い込んで来て、事務所の中のあらゆる家具や備品や、床板の上にまで白く積り、拭けば拭くあとから積るのであった。――掃除をすることはばかげたことなのだ。室内に溜まった石灰を掃き出そうとすれば、あけた扉や窓から新たに石灰粉が舞い込んで来る。したがって年に二度か三度、工場の釜場の火を消すとき以外には、決して掃除などはしなかった。工場主も事務員たちも、帳簿とか机の上とか、そのとき必要な物や場所を、できるだけ静かにぬぐい、歩きまわるときはもとより、ペンを動かすにさえできるだけ注意ぶかく、静かにすることが習慣になっていたし、用事以外には話したり笑ったりすることもなかった。
事務所はいつも静かだった。貝殻が缶詰工場から運ばれて来ると、二人の事務員があらわれる。一人はその数量を計り、一人は記帳をして、運んで来た者に伝票を渡す。