후리가나로 읽는 일본 고전
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たんげさぜん
丹下左膳
林 不忘
林 不忘의 丹下左膳(たんげさぜん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 196,229자 · 389화면
たいそう古いことを言うようですが、あの杉並木は、慶安元年に駿河の久能山に葬った権現様を、御遺言で日光山に改葬し、東照宮を御造営の折り、譜代外様を問わず、諸侯きそっていろいろな寄進をなされた。
なにしろ、徳川家のお髯の塵をはらうのが、当時の大名の何よりの保身術だったから、われもわれもと知恵をしぼって、すばらしい寄進のあったなかに。
このとき。
造営総奉行の一人に、松下右衛門太夫源政綱という、これは、武州川越の城主でしたが。
「オイ、困ったな。みんながみごとな寄進をするのに、何も献納せんということはできないが……」
「と申して、どうも当藩は、お台所のつごうがよくございません。そうですナ、何か植えものでもなされては――」
「ウム、それはいいところへ気がついた。木は生き物だから、のちになってみごとな風物を作りださんともかぎらぬ」
というようなことで、貧乏の苦しまぎれに、見すぼらしい杉苗を、あの街道筋と山内一帯に植えて、献納したのだった。
川越の殿様なら、お芋でも植えそうなものだが……。
寛永元年から慶安元年まで二十余年の苦心で植えたのです。
その延長は、東照宮付近から今市に出て、三方に別れ、鹿沼街道は三里十五町、文挟の先まで――宇都宮街道、会津街道は、おのおの二里十六町、まさに天下の偉観です。