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さんごくし

三国志(一)

吉川 英治

吉川英治『三国志(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:三国志、三国志、三国志。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 309,839 字 · 622 页

青空文庫

乱兆

一

手もとが暗くなってくる。白い夕星がもう上にあった。

機を離れて、彼はひとり、裏の桃林を逍遥していた。はや晩春なので、桃の花はみな散り尽して黒い花の蕋を梢に見るだけであった。

「ああ。故園は変らない――」

玄徳は嘆じた。

桃花はまた春に若やぐが、母の白髪が再び黒くかえる日はない。春秋は人の身のうえにのみ短い。しかも自分の思う望みは遠くまた大きく、いつの日、彼の母が心のそこからよろこんでくれる時がくるだろうか、考えると、いたずらに大きな嘆声が出るばかりであった。

「――阿備やあ。阿備やあ」

もう暗い母屋のほうでは、母が夕餉のできたことを告げて呼んでいる。玄徳は、なんの悩みもなかった少年の頃を思い出して、少年のように遠くから高く答えながら馳けだした。

乱兆

一

時は、中平六年の夏だった。

洛陽宮のうちに、霊帝は重い病にかかられた。

帝は病の篤きを知られたか、

「何進をよべ」

と、病褥から仰せ出された。

大将軍何進は、すぐ参内した。何進はもと牛や豚を屠殺して業としている者であったが、彼の妹が、洛陽にも稀な美人であったので、貴人の娘となって宮廷に入り、帝の胤をやどして弁皇子を生んだ。