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さんごくし

三国志(一)

吉川 英治

吉川英治『三国志(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:三国志、三国志、三国志。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 309,839 字 · 622 页

青空文庫

競う南風

一

寝顔をのぞかれているのも知らず、曹操はいびきをかいていた。その顔は実に端麗であった。陳宮は迷った。

「いや、待てよ」

寝込みを殺すのは、武人の本領でない。不義である。

それに、今のような乱世に、こういう一種の姦雄を地に生れさせたのも、天に意あってのことかも知れない。この人の天寿を、寝ている間に奪うことは、かえって天の意に反くかも知れない。

「ああ……。なにを今になって迷うか。おれはまた煩悩すぎる。月は煌々と冴えている、そうだ、月でも見ながらおれも寝よう」

思いとどまって、剣をそっと鞘にもどし、陳宮もやがて同じ廂の下に、丸くなって寝こんだ。

競う南風

一

さて。――日も経て。

曹操はようやく父のいる郷土まで行き着いた。

そこは河南の陳留(開封の東南)と呼ぶ地方である。沃土は広く豊饒であった。南方の文化は北部の重厚とちがって進取的であり、人は敏活で機智の眼がするどく働いている。

「どうかして下さい」

曹操は、家に帰ると、事の次第をつぶさに告げて、幼児が母に菓子でもねだるような調子でせがんだ。

「――義兵の旗挙げをする決心です。誰がなんといっても、この決心はうごきません。