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さんごくし

三国志(一)

吉川 英治

吉川英治『三国志(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:三国志、三国志、三国志。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 309,839 字 · 622 页

青空文庫

廊へ出てみると、そこの仕事場にだけ、うす暗い灯影がたった一つかかげてあった。その灯の下に、白髪の母の影が後ろ向きに腰かけていた。ただ一人で、星の下に、蓆を織っているのだった。

母は、彼が帰ってきたのも気がついていないらしかった。劉備がすがりつかんばかり馳け寄って、

「今、帰りました」

と顔を見せると、母は、びっくりしたように起ってよろめきながら、

「おお、阿備か、阿備か」

乳呑み児でも抱きしめるようにして、何を問うよりも先に、うれし涙を眼にいっぱいためたまま、しばしは、母は子の肌を、子は母親のふところを、相擁して温め合うのみであった。

「城門の番人に、おまえの母親は病気らしいぞといわれて、気もそぞろに帰ってきたのですが、おっ母さん、どうしてこんな夜露の冷える外で、今頃、蓆など織っていらっしゃるのですか」

「病気? ……ああ城門の番人さんは、そういったかも知れないね。毎日のように関門までおまえの帰りを見に行っていたわたしが、この十日ばかりは行かないでいたから」

「では、ご病気ではないんですか」

「病気などはしていられないよ、おまえ」と、母はいった。

「寝台も箪笥もありませんが……」