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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

「大蝶」はその町でいちばん大きく貝の缶詰工場を経営してい、漁師たちの採る貝を沖で買い取るために、大蝶丸という船を持っていた。

私の問いに答えて、長はつよく首を振った。

「ううん、そんなこたねえだよ」と長は云った、「工場はやかましかんべ、だからみんなえっけえ声になっちまうだ」

えっけえとはもちろん大きなという意味である。長はなお「芳爺さまはそら耳を使う」と云ったが、それはもう私の知っていることであった。

それからのちもときどき道で会ったが、老人は挨拶もしないし、私を見ても棒杭か石ころでも見るような眼つきしかしなかった。頬かぶりをとった老人の顔は、痩せていて小さく、太陽と潮風にやけた頭は禿げていて、灰色の髪の毛がほんの少し後頭部にあり、頬や顎にはまばらな無精髭が、古くなったブラシのように、一本ずつ数えられるほどまばらに、きらきらと銀色に光っていた。眼には非人間的な鈍い冷たい光があり、殆んど唇が無いようにみえる薄い唇には、いつも人を小ばかにしたような、狡猾な微笑が刻みつけられていた。

尤もこれは芳爺さんに限らず、その土地の一部の人たちに共通した顔だちであった。