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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

そのうちに高品夫人が、あら狐火だわと云い、縁側の外のほうを指さした。――十坪ばかりの庭のはずれに、垣根のようになった樹立があり、そこから先はずっと田圃つづきで、あいだにバスの通る道があるほかは、殆んど家もなかった。そのときは夜であったし、梅雨空のことでまっ暗だから、田植の済んだ田の面さえ弁別できなかったが、かなり遠いところに、赤い小さな火が七つか八つ、横に並んでいるのが見えた。

「どじょう捕ってるだよ」と三十六号船の留さんが云った、「田植のあとでは鉾田のほうでもよくやるだ、ありゃあどじょうを寄せるカンテラだよ」

だが留さんは急に黙った。

その赤い火の群れが、左と右へひろがり、同時に数も三倍くらいになった。少なくとも二十くらいになり、その位置も一段ほど上へあがったのである。これは人の話ではなく、私が現実に自分の眼で見たことだ。その赤い火は初め七つか八つであり、それが突然、左右へ数を増してひろがり、一段ほど高くあがったのだ。

「狐火だ」と留さんが云った、「おっかねえ」

「留さん初めてじゃないでしょ」と高品夫人が云った。

「おら見ねえことにしてるだ」と留さんは答えた、「あれを見ると化かされるっていうだからな」