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あおべかものがたり
青べか物語
山本 周五郎
「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页
「青べか」を漕ぎ戻した。
それから二三日経った或る夜、高品さんの家の炉端でその老人の話をした。
「ああ幸山船長ですよ」と高品さんが穏やかに笑いながら云った、「息子もちゃんとしているし、嫁にいった娘もいるんですがね、ああやって独りぐらしをしているんです、人嫌いでね、おかしなじいさんですよ」
幸山船長は東湾汽船に四十年の余も勤めた。十三か四で見習いになり、それから水夫、エンジナー、船長になったが、四十余年のあいだ一度も事故を起こさなかったし、その勤めぶりも模範的だったので、会社から幾たびか表彰された。停年になったが、幸山さんは船からおりることを拒絶し、そのまま五年も舵輪を放さなかった。
ここでちょっとブル船長のことを記しておこう。ブルさんと仇名される波木井船長は、東湾汽船の三十六号船の船長だが、停年が過ぎたのに頑として船をおりない。彼は脂肉をぞんざいに寄せ集めたように肥えていて、歩くと躯じゅうの肉がだぶだぶ波打って揺れる。それもいちようにではなく、胸のところはこちらへ、腹や腿の肉はこちらへというぐあいで、見ているのが恥ずかしくなるほど歩きにくそうであり、また必要のない限り殆んど歩くことはなかった。