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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

――すると、小屋の戸口へいったとき、その中から異様な呻き声が聞えて来るので、われ知らずぞっとして立竦んだ。きん夫人は浅草のすし屋の一人娘で、下町そだちらしくさっぱりとした気性であり、もう三十二三にもなるというのに、子供を生まないせいでもあるか、まだ娘っぽい、世間ずれのしていないところがあった。それで、その呻き声の異様さとぶきみさに、初めはとみちゃんが誰かに刺されでもして、死にかかっているのではないかと思い、立竦んだ足がすぐには動かなかった。――だが呻き声はますます切迫し、いまにも息が絶えるかと思うように、激しい呼吸と喘鳴をともないだした。夫人は恐怖のために戸口へ進み、半ば夢中で引戸をあけた。すると、畳の敷いてある二帖の、小さな棚に蝋燭が燃えていて、その光の下で、とみちゃんが身もだえをしていた。俯向きに四つん這いになって、身もだえをしながら呻いているのである。とみちゃん、と夫人はふるえながら呼んだ、とみちゃんどうしたの。だがとみちゃんには聞えないらしい、夫人はそっちへあがってゆこうとした。そのとき、両手を突いているとみちゃんの肩のところに、銀公の顔が見えた。