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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

栄子は景気の悪い日が半月も続くことを嘆き、これは世間の男どもに甲斐性がないためであると罵り、こうみえてもあたしは江戸っ子であると、山形か福島あたりの訛りで云った。私がここで福島か山形あたりの訛りだというのは、「喜世川」にいる他の二人の女性から聞いたので、私自身にはどこの訛りかまったく不明であったが、栄子の云うように「東京のまん中の神田っ子」の言葉でないことだけは慥かであった。

「あたし心中したことがあるのよ、先生」と栄子は云った、「飲ましてね」

もう何杯も飲んでいるのである。私が質問すると、栄子は湯呑のふちを舐めた。厚いうえに信じがたいほど長い舌であった。

「嘘じゃないよ、松の家のかあさんに訊いてみなさい、あたしが松の家にいたときのことだからよく知ってるよ」と栄子は云った、「その話をすっからさ、根戸川亭からなにか取ろうよ、ねえ、景気つけちゃおうよ先生」

私が答えると栄子は舌打ちをし、下唇を突き出しながら湯呑へ酒を注いだ。

「どっこも不景気なんだね、やんなっちゃう、こんなだといっそまた心中したくなっちゃうわ」と栄子は云った、「岸がんと心中したのもちょうどこんなてえな不景気の続いたときだよ、話しちゃおうか、え、先生」