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あおべかものがたり
青べか物語
山本 周五郎
「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页
船が浦粕へ着くと、私はいそいで蒸気河岸を通りぬけた。
船宿「千本」の店先では、見知らぬ若者が縄船の餌付けをしていた、長だろうか、年ごろは似ていたが、私は眼の隅で見たまま、声をかけようとはしなかった。町のようすは以前のままであった。ごったくやの「澄川」も「栄家」も同じ看板を掲げていたし、三本松も元のように枝を張っていた。しきりにカメラを捻くっている二人をせきたてながら、私は堀の両岸を歩き、沖の百万坪をまわり、東の海水浴場へゆき、それから堀南の「天鉄」へ寄っててんぷらでめしを喰べた。このあいだに知っている者とは誰も会わなかった。いいたねがはいったからと、てんぷらを無料で届けに来てくれた娘のお花さんもいなかった。昔は平屋だったのに、そのときは二階建てになっていたし、ごったくやの女のような女中が、なにを訊いても「知んね」とか「あたし知りませんのよ」とか云うばかりで、そんな古いことより人間はいまをたのしむことが肝心だ、誰かお酌を呼ぼうか、それともあたしのお相手でいいか、などとひっきりなしに饒舌りながら、すすめもしないビールを勝手にがぶがぶ飲んだ。
「変ったね」