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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

そして、私があしかけ三年余り住んでいた、荒地の中の一軒家がみつかった。

「これかな」と私は車を停めさせて、左右を見比べた、「いや、いやこれだな、こっちが空地で向うが田圃だったが、――そうだ、この家だ」

家はもよう変えがしてあった。西側にあった入口が南側になり、私が机を据えていた窓は塞がれ、ぜんたいに黒くタールが塗ってある。「土堤の秋」の章で、若者が泣いていた斜面は低くなり、生い茂っていた草もない。左右にも家がぎっしり建って、一軒家だった頃の感じはどこにも残っていなかった。

「戻ろう」と私は云った、「車を廻して下さい」

私たちは蒸気河岸へいった。車を「千本」の前で停めると、店の前にいた船頭らしい若者たちが、ばらばら元気よくやって来て、いらっしゃい、いらっしゃいまし、と景気よく呼びかけた。いかにもしょうばい上手な「千本」の者らしいが、釣りをするためにタクシーを乗りつけるような客は「かも」であって、私は車から出るとすぐ、かれらに片手を振った。

「客じゃない」と私は云った、「客じゃないんだ、ちょっと訊きたいことがあるんだが、このうちにずっとむかし長っていう子がいたんだがね」