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あおべかものがたり
青べか物語
山本 周五郎
「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页
いまどうしているか、と云おうとしたとき、店の中で網を片づけていた男が、ひょいと私のほうを見上げて答えた。
「長はわたしですよ」
「え、――」と私は息を吸った。
「わたしが長ですよ」とその男はいった。
細おもてに無精髭が少し伸びて、汐やけのした顔に賢そうな眼が光っていた。古タオルで鉢巻をし、仕事着に半長靴をはいていた。これが長太郎か、私は自分の印象にある少年のおもかげを、いま眼の前にいる中年の男の像に重ね合せようとしながら、「蒸気河岸の先生」だが覚えているかと訊いた。
「高品の先生かね」と長が訊き返した。
「いや、高品さんの世話で来たんだ」と私は云った、「あっちの一軒家を借りるまえには、この千本の二階に下宿していたこともあるんだ、君が小学校の二年から三年生ぐらいのときなんだがね」
「さあね」長はあいまいに笑った、「そんなに古いことだとするとな」
「倉なあこはどうしている」
「倉なあこはいるだよ、うん」と云って長は頷いた、「まあおはいんなさい、いまおっ母を呼んでみるだから」
「へえ、まだおばさんがいるのか」
「おやじは死んだけれどおっ母はいんだよ」
長は店の奥へいって、大声に母親を呼んだ。